高崎です

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大学で学生発案型授業なるものを受講している

 どうも、高崎です。

 

 今季大学で学生発案型授業なるものを受講しています。

 

 学生発案型授業は春学期と秋学期に毎年開かれているそうですが、その内容は毎回違うそうです。

 

 今季の学生発案型授業は「パラリンピック」をテーマに行われています。

 

 高崎はシラバスを読むことを知らないので、そこで何が行われるのか分からないまま、ただ単位が取りやすいという希薄な横の繋がりを信じて受講しました。しかし、蓋を開けてみると中々どうして面白い。

 

 というのも、この講義、外からゲストをお招きして体験談などを交えながら「パラリンピック」について学ぶという講義スタイルなのです。前々回の講義にパラリンピックノルディックスキー監督の荒井秀樹さんが、そして今回はパラリンピック競泳に6大会出場されて金メダルも獲得された河合純一さんにお越しいただきました。

 

 高崎はガイダンスの時に「なんでこの講義こんなに気合入ってるんだ」と疑問に思いました。この疑問に対してガイダンス中に先生が答えてくれました。先生が言うには、札幌にパラリンピックを招致しようという動きがあるため、パラリンピックについて札幌に住む人たちに知ってもらいたいからということでした。

 

 さて、講義ではパラリンピックの歴史や障害者について語られます。中でも、比重を置いていると感じたのは障害者への理解についてです。

 

 高崎がこの講義を受けていて一番はっとさせられたのは「『障害』は社会が作っている」という言葉です。

 

 例えば、足が不自由で車いすに乗っている人がいて、駅まで行ったとします。そこには階段しかなかったらどうでしょう? 自分の力で駅まで行くことは健常者と同じくできるのに、そこに階段という『障害』が発生するのです。私たちの社会は、健常者を第一に作られています。その結果として障害者が生きづらい社会になっているのです。

 

 高崎はそこで初めて健常者の普通が、『障害』になりうると気が付きました。また、この『障害』は取り除くことができないのかとも考えました。

 

 これに対して講義ではユニバーサルデザインという発想を与えてくれました。ユニバーサルデザインは、簡単に言うと誰でも簡単に使えるもののこと指します。例えばヤマト運輸の不在通知表は視覚障害者でも分かるように、上の方が猫の耳を模したギザギザにされています。

 

 このような、大変な労力でなく、比較的簡単な誰でもできる思いやりが『障害』を減らしていくのだと思いました。

 

 話は逸れますが、前回の講義で『夢追いかけて』という映画を見ました。これは河合純一さんの半生を描いたもので、障害者に対する考えが変わる作品だと思います。とても価値ある作品だと思いました。

 

 来る2020年に東京でオリンピックとパラリンピックが開催されます。

 

 高崎はこの講義のお陰で、パラリンピックについて多少なりとも知識が付いてきたので、オリンピックよりもパラリンピックの方が楽しみです。どのような経緯でパラリンピックが開催されるようになったのか、その歴史は中々面白いので、講義外でも自分なりに調べてみようと思います。