高崎です

日々のあれこれを書けるときに書きたいように書いていきます

和式トイレってなんでまだあるんですかね?

 どうも、高崎です。

 高崎のバイト先には未だに和式トイレがあるのですが、なぜ洋式トイレにしないのか不思議でなりません(-_-;)

 和式だろうと洋式だろうとズボンを下げるところまでは同じなのでしょうけど、洋式なら便座に座って用を足すのに対して、和式はその場にしゃがんで用を足すわけじゃないですか。和式はしゃがんで用を足すのにバランスを崩したら悲惨なことになるし、バランスを崩さないためには足腰がある程度発達していないと難しいじゃないですか。なんで苦しみから解放されるために駆け込んでいるのに、更なる苦痛を与えられなければならないのかと義憤に駆られます!

 和式トイレといえば地元の子供たちが溜まり場にする古い公園に多いイメージがありますが、そのことごとくが酷い臭いを発していて人々を拒絶しているように感じます。
 
 トイレは全ての人間を、一つの例外もなく受け入れてしかるべきだと考えます。しかし、和式トイレはどことなく不潔な印象を与え、人々にアスリートもかくやという脚力を求め、人類に使わせようとはしません。これはトイレの反乱といっても過言ではありません。

 高崎には思いつきませんが、和式トイレにもきっと長所はあるのだと思います。日本という国で長らく人々の助けになったという事実はしっかりと受け止めるべきです。しかし、和式トイレはその役目を既に終えているのです。洋式トイレにトイレ界の未来を託して、トイレ博物館に展示品として飾られるべきだと思います。

 というか、平成ですらもう終わるのになんでまだ一定数あるんだよと問いたい。

 世界で通用する人材を作るために小学校から英語学習が始まりましたが、グローバル化を訴えるならまずはトイレから手を付けて欲しいと思います。

 ここまで散々和式トイレを扱き下ろしてきましたが、TOTOが既存の和式トイレよりも優れた革新的な和式トイレを発表したら考えを改めるかもしれません(笑)

 ただ、それでも時代は洋式トイレにあると思うし、洋式こそが正義だと思う(笑)