高崎です

日々のあれこれを書けるときに書きたいように書いていきます

『ミスト』を見ました。 

 どうも、高崎です。

 

 映画『ミスト』見ました。

 

 感想書いていこうと思います。

 

 なんだろう、まずやるせない気持ちになりました。

 

 主人公が住む街が突如として「霧」に覆いつくされる。その「霧」の中には異形と形容するしかない化け物が潜んでいて、人間を襲っていく。主人公は彼の息子と共に、買い物に寄ったスーパーに立てこもる。そこにはスーパーの従業員や客やらが大勢いるわけですが、彼らはこの危機をどのように乗り越えるのか、というのが高崎が簡単にまとめたあらすじ。

 

 物語の登場人物は今生きる私たちと何ら変わりはないように思います。つまり文明的で理性を持ち、善良な人間が大半を占めるそんな世界。本作はその普通の人々が、突如として、まるで突飛な、経験したことのない危機的状況に身を置いたらどのようになってしまうのかが鮮明に描かれています。

 

 人々は「霧」の中の化け物の存在を聞いても、最初はそんなことを信じません。世迷言だと吐き捨てます。人々は今自分が置かれている状況を異常なものとして認識してはいるけれど、自分達の力でどうにかできると信じて疑わないのです。しかし、「霧」の化け物の存在を実際に目にしてしまうと、その考えが揺らいでいきます。そうして、恐怖や極度の緊張から、これまで築き上げてきた価値観に少しずつ綻びが生じていきます。その人々の変化には、人間の脆さが如実に表れていて、目を背けたくなるほどの恐怖を演出していました。

 

 作品中に、現状からの救いを求めて神への強い信仰を持ち始める人々が出てきました。それはスーパーという狭い空間の中で驚異的なスピードで伝播していきます。その様は宗教の興りそのものでした。また、神への信仰を持たないものに対する排他的な行動には魔女裁判を彷彿とさせるところがあります。

 

 異常な状況に身を置いた人は、感覚がマヒしていき自分が異常であるということに気が付かず、絶対的に多数派の自分たちが正しいと考えるものなのかもしれません。

 

 「霧」の化け物は当時の技術的には凄かったのかもしれませんが、今見たら安っぽいCGだなと思ってしまいます。ただ、それを補って余りあるほどの恐怖を作品を通して演出していたと思います。

 

 最初にやるせない気持ちになったと書きました。

 

 その理由は主人公が、その時できる最善の手を打っているのに、それが結果として最悪の手と化してしまうことにあります。傷付きながらも現状を打破しようと奮闘するのに、報われない。その姿を見るのはとても辛いものがあります。

 

 高崎はこの作品について「後味は悪いけど面白い映画」という風に聞いていました。

 

 確かに面白いとは思います。でも「面白い作品」というよりも、「素晴らしい作品」という風に言い換えた方がいいかもしれません。

 

 また「後味が悪い」作品という風に説明されましたが、悪いどころじゃないと思います。後味は「最悪」です。

 

 それでも色々なことを感じ取れるいい作品だったと思います。

 

 ただ、本作品を鑑賞する際は、翌日仕事も学校も休みであることが望ましいと思います。

 

 でなければ、この作品の重厚な世界観に押しつぶされて、仕事も勉学も手におえないでしょう。

 

今日の映画 

『ミスト』 公開2007年

監督 フランク・ダラボン

主演 トーマス・ジェーン